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家に帰ると真由は、カバンを放り投げて畳の上に寝転んだ。一日の疲れがどっと出た。
ぼんやりと天井を眺めながら、今日一日の出来事を思い巡らしていた。
ふと、空腹感を覚えて、真由は思考を中断した。
「夕飯、何にしようかな」
そう呟いてから、買い物に行かなければならないことを思い出した。今日からは、全て自分でしなければいけない。今までだって、一人でご飯を作ることも、掃除や洗濯も、できることはできたが、家には初めから何でも揃っていたし、彼女がする前に母親がやってくれることのほうが多かった。けれども、今日からは誰も手伝ってはくれないのだ。
「帰りに寄ればよかったなあ・・・」
途中、何軒か店を見かけたが、どの店が何が安いのか、住み始めたばかりの真由には皆目見当が付かない。
「とりあえず、今日使う物だけ買おう」
財布と自転車の鍵だけを持って、真由は家を出た。

何とか食事を済ませると、今度はお風呂である。真由の下宿にはお風呂が無かった。
近所の銭湯の場所は、昨日、両親と一緒に確かめてあった。歩いて5分ほどで、迷う心配は無かった。が、夜一人で行くのは、少し心細かった。
「さて、と」
何を持って行ったらいいのだろう。石鹸とタオルと、洗面器もいるのかな? パジャマは変だよね。じゃあ、今着てる服をまた着て帰るか。でも下着は替えなきゃね。
そういえば、料金を確かめてなかった。財布ごと持って行って、大丈夫かな?
用意を済ませると、真由は外に出た。もうすっかり暗くなっていた。
銭湯や温泉には、家族や友人と行ったことがあったが、一人で行くのはもちろん初めてだった。だんだん不安が広がってきた。大したことでなくても、すぐ緊張してしまうのである。
銭湯に着いた。入り口の前で、足が止まった。しばらく躊躇して、覚悟を固めて暖簾をくぐった。靴を脱いで下足箱に入れ、戸を開けた。
中は薄暗かった。入ってすぐの所に番台があって、おばさんが座っていた。
「いくらですか?」
と真由は訊いた。
「髪洗う?」
「え? ええ」
「320円」
真由は千円札を渡した。
男湯との仕切りの壁の上に、テレビが置かれていた。壁には大きな鏡。扇風機が回っていた。絵に描いたような、昔風の銭湯だった。ロッカーの鍵は、簡単に開きそうだった。
貴重品は持ってこないほうがいいわね。
空いたロッカーを見つけて、真由は服を脱ぎ始めた。

銭湯の客は、思ったよりも多かった。真由は、洗面器で湯船のお湯をすくって、体を流した。そしてお湯に浸かろうとした。
「ちょっと、あんた」
中にいたおばさんに話しかけられた。
「はい?」
「体洗ってから入りなさい」
「あ、すみません」
真由は恥ずかしくなって下を向いた。そして、急いで洗い場に行った。
体と髪を洗って、再び浴槽に戻ると、先程のおばさんがまだいた。
「あんた、学生さん?」
「ええ」
「最近の若い子は、お風呂の入り方も知らないね」
おばさんは笑いながらそう言った。言い方に嫌味なところが無いからか、真由は少しも気に触らなかった。
「髪、お湯に浸けちゃいけないよ」
と言われて、真由は慌てて髪を上げた。家では一度も気にしたことが無かった。
この際だから、髪を短く切ってしまおうかな。
真由は足を伸ばしながらそう考えた。
広い湯船は気持ちが良かった。ちょっと熱めのお湯も、真由にはちょうど良かった。
5分ほど浸かって、真由は湯から上がった。
体を拭いて、脱衣所に出ると、例のおばさんからコーヒー牛乳を渡された。
「飲みなさい」
「え? あ、いえ、いいです」
「遠慮しないで」
「そうですか? すみません、ありがとうございます」
真由は恐る恐る口を付けた。風呂上りとはいえ、冷たい牛乳を飲むとおなかが痛くなりそうなので。それに、コーヒーも苦手なので。
「アパートにお風呂無いの?」
「ええ」
「じゃあ毎日来るのね」
「そうですね」
「銭湯はいいわよ。風呂付きの高い部屋借りるより、よっぽどいい」
「そうですか」
服を着終わると、真由は残ったコーヒー牛乳を飲んだ。ビンだからか、味は悪くなかった。
「ごちそうさまでした」
「じゃあまたね」
おばさんは、番台のおばさんにも挨拶して、帰って行った。真由も、牛乳ビンを返すと、家に帰った。


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